文章置き場(別館)

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山の怪奇現象と恐怖体験

 山の恐怖体験といえば、目の前で沢がみるみる増水していったとか、雷雲の中に突入したとか、すぐ脇を人頭大の落石が掠めていったとか、滑落が始まったのにピッケルが雪面に刺さらんとかいうのが思い浮かぶだろう。こういう原因のはっきりした具体的な恐怖は、登山の技術書などで何度も注意喚起されているので、ここでは取り上げない。もうちょっと漠然として得体の知れない恐怖体験、あまり取り上げられることのない怪奇現象について書いてみたい。 


 目次
1.虫の知らせ
2.訪問者を恐怖に陥れる滝
3.深夜にどこからともなく聞こえる話し声
4.謎の足音
5.闇夜をつんざく悲鳴
6.白骨死体
7.知らない人が聞いたら怖い鳴き声-トラツグミ、オオジシギ、アオバト
8.深夜の銃声


1.虫の知らせ

 7月のある日、私は1200メートル級の低山に単独で登り、山中でテント泊する予定だった。その日は快晴・無風状態で朝から暑く、直射日光の照りつけの激しい未舗装林道を歩き、標高400メートル地点で登山道に取り付いた。登山道は落葉広葉樹林の中で日光はほとんど届かず、落ち葉が厚く積もっていた。登山道を歩き始めて間もなく、不意に「虫の知らせ」としか言いようのない嫌な感覚に襲われた。これ以上、先に進んではいけないような気がしてたまらない。山登りする気満々で準備も万全だったのに、足がなかなか進まず、いたたまれなくなって逃げるように登山道を下り林道に戻った。
 林道で一息ついたら、先程までの嫌な感覚が嘘のように消えたので、再度気を取り直して登山道に入った途端に、またしても「虫の知らせ」状態に陥り、すぐに林道に逃げ戻った。しばらく未練がましく林道をうろうろしたが、結局 登山を中止した。
 実はその後、その山で大規模崩落が発生した......なんて事態はもちろん起こっていない。 

 当初 私は、あの「虫の知らせ」は何らかの体調不良の兆候だったのではないかと推測していた。日常生活を送る分には問題ないが、山で単独テント泊するには負担になる程度の軽微な体調不良が生じたのかもしれないと。だが、当時の状況をよく思い返してみて、あれは炭酸ガス濃度が高かったのが原因ではないかと考えるようになった。明らかな身体症状が発生するほど危険な高濃度ではないものの通常レベルより炭酸ガス濃度が高く、精神活動に変調をきたした可能性がある。
 林内には日光がほとんど届かず、樹冠部分では光合成が盛んに行われていても、地表部では酸素合成がほとんどなく、木材の呼吸・発酵・樹脂酸化作用、落ち葉などの有機物の腐敗、菌糸類や微生物の呼吸作用などで炭酸ガスが発生する。当然、環境温度が高いと炭酸ガス発生も活発になる。あの怪奇現象が起こった日は暑かったし、無風だった。しかも事象が発生したのは林内だけで、開けた林道では生じなかった。
 サイロ、食物貯蔵庫、木材庫などではしばしば酸欠事故が発生している。幸いにも生還した人は、「背後から何者かに押さえつけられたような感じがした」と証言することもある。また、酸素欠乏症の前兆症状として、脈拍・呼吸数の増加や、高度な思考作業ができなくなり稚拙化してしまうことなどが挙げられる。
 私が山で「虫の知らせ」を経験したのはあの時1回きりである。今となっては原因を特定しようもないが、現在のところ、軽度の酸欠症状説が最有力仮説だと見ている。 

※参考文献:『新 酸素欠乏症等の防止<特別教育用テキスト>』 中央労働災害防止協会 


2.訪問者を恐怖に陥れる滝

 これは私が体験したことではないが、もう1件、軽度の酸欠症状の可能性が疑われる事例を聞いたことがある。
 知人数名と山関連の話をしていた時、Aさんが、とある滝での恐怖体験を語り出した。夏のある日、その滝を訪れた際、誰もいないはずなのに不意に誰かが背後に立ったような気がして動悸が激しくなり、さらに滝の上からも何者かが覗き込んでいるようで、恐怖のあまりその場から逃げ出したという。それを聞いたBさんが、「自分もあの滝で似たような経験をした」と言い出した。やはり滝の前で突然の恐怖に襲われ逃げ出したそうだ。
 Aさん、Bさん共に、恐怖体験をしたのは夏の無風状態の日で、その滝は昼も薄暗い林の中にあり、炭酸ガス大量発生の条件は揃っている。 


3.深夜にどこからともなく聞こえる話し声 

 今のところ私はこんな経験をしたことはないが、深夜に誰もいないはずの外から人の話し声が聞こえた経験を持つ人はそこそこいるようだ。体験者からの聞き取りをまとめてみよう。 

事象が発生するのは夜。昼間は発生しない。
・単独もしくは1パーティで避難小屋、テントなどに宿泊中、誰もいないはずの外から人の話し声が聞こえてくる。
複数人でパーティを組んでいる場合、メンバー全員が「あれは確かに人の声だった」と意見一致することがある。
・他に大勢の登山客がいる場合、事象は発生しない。仮に発生しても「他の人が喋っているのだろう」程度にしか思わないから当然といえば当然。
・強風時には発生しない。風の音がうるさくて話し声どころではないだろうからこれまた当然。ただし、強風が一時的に止んだ際に事象が発生することはある。
・季節に依存しない。夏でも冬でも起こる。
・標高に依存しない。森林限界以下でも以上でも起こる。 

 この案件については、事象発生時の詳しい状況も含め、引き続き体験者からの聞き取りを行なっていきたい。 


4.謎の足音 

 10月の夕方、私は標高1300メートル付近の場所で、単独テント泊していた。山は既に晩秋で、木々の葉はすっかり落ち尽くして林内は明るく、地面には落ち葉が積もっていた。他に登山者はおらず、周囲1キロ以内にいる人間は恐らく私一人だけだろうと思われた。テント設営も終わり、夕食にはまだ早いので、テント内で寝そべってくつろいでいた。
 遠くから単独行の人の足音が聞こえ、ザッ、ザッと落ち葉を踏みしめながらまっすぐ近づいてきて、私のテントのすぐ脇でザックを下ろすようなドサッという音がして、ゴソゴソと動き回り始めた。誰かが隣でテントを張ろうとしているのだ、と私は思った。他にもテント設営場所なら幾らでもあるが、近くに他のテントがあった方が安心できるということか。まあ今夜はお隣さんになることだし、挨拶でもしておこうとテントから顔を出した途端、鹿2頭と目が合った。呆気に取られる私を尻目に、2頭の鹿は一目散に逃げていった。えっと、あれ、人間一人の足音にしか聞こえなかったんだけど、鹿が2頭って、そんなはずは......
 幸いにして、鹿が訪問してきたのはまだ明るい夕方だったし、足音の主もしっかり確認できたからよかったものの、仮に足音がしたのが深夜で(鹿は夜間も行動する)、足音の主も確認できずじまいだったら......ぞおぉぉぉぉ~っ。 

 足音つながりでもう1件。これは登山入門書などで何度も注意喚起されている恐怖であり、本稿で取り上げるべき話題ではないが、ちょっとだけ。
 深夜にテントのすぐ近くで、明らかに巨大な動物が歩き回っている足音が聞こえた時の恐怖は名状し難い。 


5.闇夜をつんざく悲鳴

 山中で、夜中に突然「ギャァァァァーッ!!」という悲鳴を聞くことは割とよくある。だが何度聞いても慣れるようなものではなく、聞くたびにギョッとする。恐らく何かの動物の声だと思われるが、人間の悲鳴そっくりに聞こえるし。
 最初は凄まじかった悲鳴が次第に弱くなっていくこともある。小動物がフクロウだかイタチだかに襲われて断末魔の叫びを上げているのだろうか。
 フクロウの雌は「ギャーッ」と鳴くので、こいつには毎度怖い思いをさせられる。 


6.白骨死体 

 ヤブ漕ぎ山行をしていた時、子供の白骨死体らしきものを見つけてギョッとしたことがある。だが頭骨の形状からサルの死体だと判明。死体って、動物に食い荒らされてバラバラになるものかと思っていたら、意外にも完全な形で残っていて感心した。見知らぬサルの死を悼んで数秒の黙祷を捧げておいた。 


7.知らない人が聞いたら怖い鳴き声-トラツグミ、オオジシギ、アオバト 

 知らない人がいきなり聞いたら度肝を抜かれる鳴き声の持ち主がいる。私と一緒に山行した人が驚いた鳴き声を挙げてみたい。 

トラツグミ 
 主に夜中に口笛のような声で鳴く。曇天など薄暗い時は昼間も鳴くことがある。私がテント泊を始めた頃、トラツグミが間近で一晩中鳴き続けて以来、この鳥に惚れ込んだ。どうやら林内を巡回しながら鳴いているらしく、テントの真上で鳴くこともあった。至近距離だとかなりの声量だ。残念ながら以後はそこまで近距離で鳴かれたことはない。
 トラツグミの声は不気味に聞こえる。「夜中に誰か山の中で口笛吹いているかと思って気色悪かった」という人もいる。テント泊の際、同行者が夜中に私を起こして、「何か鳴いてる」と薄気味悪がったこともある。そんな同行者も、すぐに私同様トラツグミのファンになったが。

トラツグミの鳴き声↓ 
https://www.youtube.com/watch?v=Y2soibdu-t4 

・オオジシギ 
 夏の北海道と中部地方の一部の草原に棲息する。夜中に鳴くことはないようだが、明け方まだ暗いうちに鳴くことはある。以前、信州の草原近くでテント泊していた時、朝一番にオオジシギがテントの真上で鳴いたせいで同行者が飛び起き、「何あれ!?」とびっくりしていた。
 こいつは鳴き声(と羽音)も変だが、習性も変で、何を考えているのかさっぱりわからない。繁殖地は非常に狭く、北海道と中部地方以北の本州の一部、サハリン南部だけだという。そのくせ繁殖期が終わるとわざわざ赤道をまたいでオーストラリアに渡る。しかもオーストラリア南東部の限られた地域でのみ越冬するらしい。なぜそんなに選り好みをするのか。

オオジシギの鳴き声↓
https://www.youtube.com/watch?v=RJhFHMPEwFM 

アオバト 
 非常に風変わりな声をした美しい緑色のハト。オカリナを吹いているようにも聞こえる。やはり夜中には鳴かないようだが、明け方の暗いうちに鳴くことはある。これも私の同行者が不気味がって「何あれ!?」状態になっていた。

アオバトの鳴き声↓
https://www.youtube.com/watch?v=U2TYimeuHlo 

※参考文献:『日本の野鳥』 山と渓谷社


8.深夜の銃声 

 私自身は昼間に割と近くでハンターの銃声を聞いたことはある(それはそれで誤射の恐怖に震え上がるが、本稿では取り上げない)が、深夜の銃声は聞いた事がない。知人に訊ねても、夜に銃声を聞いたことのある人はいないようだ。狩猟法では、日没後から日の出まで銃を撃つことは禁止されている。だが、登山口付近に設置された金属製の看板に何発もの弾痕が残っているのを見たことはある。散弾銃ではなく、威力の強い30口径ライフルによる弾痕だと思われる。
 通常の狩猟では散弾銃を使用する。だが、熊、猪、鹿などの大型動物を1発で仕留められないと危険な場合を想定し、散弾銃の使用経験が10年以上ある者のみ特別にライフル所持が許可される。当然、建物への射撃は禁じられている。看板が果たして法律上の「建物」に該当するのか分からないが、10年以上の経験を有するベテランが、看板に何発もライフル弾を撃ち込む真似などするものだろうか。あの弾痕は、非正規手段でライフルを所持している人、すなわち893の御方が、深夜に人気のない山道にやって来て、看板相手に射撃の練習をしたのではないかと...... 

 893な御方は、基本的に車で入れる範囲の場所しか行かないだろうから、山中でテント泊している時に下方で銃声が聞こえてきても、そりゃ肝が潰れるだろうが、安全上問題はないと思われる。893な御方は、わざわざ徒歩で夜の山に登ってきたりはしないだろう。
 怖いのは、翌朝登山するために、登山口近くで寝ていた場合だ。夜中に突然車がやってきてバタンとドアの音がしたかと思うと、いきなり銃声が鳴り響く......なんて事態になったら、私ならちびりながら腰を抜かす自信は確実にある。見つかったが最後、口封じされそうだし。そんな背筋も凍る恐ろしい体験をした人は、果たして存在するのだろうか......