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文章置き場(別館)

基本的にほとんど更新しない予定です。まとまった文章を書いた時だけ記事投稿します。本館→http://d.hatena.ne.jp/semimaruclimb/

『アナと雪の女王』はなぜ民族差別的だと非難されるのか?

 

はじめに

 2014年9月25日、私は下記の記事をアップした。 
 
アナと雪の女王』のクリストフはどう描かれているのか? 山男視点で解説【完全ネタバレ注意!!】(追記あり) 
http://semimaruclimb.hatenablog.com/entry/2014/09/25/000309 


 その後、ディズニー映画『アナと雪の女王』(以後「アナ雪」と表記する)は民族差別的であると批判し、アナ雪の制作陣がサーミ人のアドバイザーを一人たりとも置かなかったことを問題視する人が海外には少なからず存在することを知り、こうした意見を一顧だにしないことも良くないのではないかと思い始めた。ノルウェイ・サーミ協会の Aili Keskitalo 会長は、
「我々についての物語が、我々自身によってではなく、他者によって語られることが多い」
と述べている。ただし Keskitalo 本人によれば、このコメントはアナ雪のことを指しているのではないそうだ。 

 日本において、アナ雪考察のほとんどはジェンダー観点からのものであり、私の前回記事もそうである。ただ、アナ雪レビューの中には、仮に翻訳してサーミ人が読んだら激怒して当然と思われるものも散見されたので、私が前回記事を書いた際、サーミ人に読まれても大丈夫な記事に仕上げようと心掛けたつもりだった。だが改めて考え直してみると、アナ雪のヒロインは支配層の最上位であり、クリストフはその支配層に踏みつけられ搾取されてきた少数民族である。仮にアナ雪の舞台を日本に移したとすれば、クリストフはアイヌ人だろう。江戸時代であれば、クリストフは えた・ひにん あたりになる。現代日本が舞台ならば、クリストフはどこぞの下請け工場で奴隷のような待遇を受けている外国人技能実習生といったところか。アナとクリストフの権力差がありすぎて、クリストフは はなっからアナの抑圧者にはなりえない。逆にアナこそがクリストフの抑圧者であり、「抑圧をやめろ」という課題はアナの側にこそ突きつけられていたはずなのに、映画中ではその課題が全く未消化であることに気付いた。
 自分では被差別少数民族側に添った考察を書いたつもりであったが、所詮 私も支配者目線でしか物事を考えられなかったのである。 


カウトケイノの反乱

 サーミ人自身がサーミ人を描いた映画として、2008年に公開されたノルウェイ映画《Kautokeino-opprøret》(英語タイトル《The Kautokeino Rebellion》、日本未公開)を挙げておきたい。監督・脚本を手がけた Nils Gaup も、主演の Anni-Kristiina Juuso 及び Mikkel Gaup もサーミ人である。

・映画《Kautokeino-opprøret》予告編動画 

https://www.youtube.com/watch?v=W_3OPfBNQIs

 

 1852年、カウトケイノという町でサーミ人たちが暴動を起こした歴史上の事件を題材にした作品であり、暴動そのものよりも、暴動を生み出した社会的背景の描写に主眼を置いている。
 トナカイに引かせたソリで移動し、独特なスキーを使いこなし、トナカイを狙う狼を追い払い、極寒の中でテント生活を営み、テント内で煮炊きしたり体を洗ったりする当時のサーミ人生活様式が詳しく描写されている。同化政策が施行され、何重もの搾取によりサーミ人たちが借金漬けになり、それが支配層の資金源になっている状況も描かれている。主人公のサーミ人夫婦が何年にも及ぶ強制労働を命じられ、まだ幼い息子(予告編動画の最初の方に出てくる金髪少年)を捨てざるを得なくなるシーンもある。
 ノルウェイ社会のマジョリティであるゲルマン人からの反感を買いすぎないように配慮した作品であり、ノルウェイではかなりヒットしたらしい。アイヌ人の血を引く人が同種の映画を制作し、それが日本でヒットする事態などおよそ考えられないが。 


クリストフはなぜサーミ人でなければならなかったのか 

 実のところ、クリストフをサーミ人にする必然性があまり感じられない。トナカイの動物キャラを出しやすくなる、というメリットはあるかもしれない。今でこそトナカイ遊牧するサーミ人はほとんどいないが、かつてトナカイとサーミ人は切っても切り離せない関係で、前述の映画《Kautokeino-opprøret》でもその点は描写されている。
 もう一点、最近アメリカで厳しく追及されるPoc批判をかわすためのサーミ人設定ではないのか、とも考えられる。PoC とは People of Color(または Person of Color)のことで、映画・ドラマ・アニメなどの創作物において、登場人物が白人ばかりだと、激しい批判を浴びる(ただし、時代設定/地理設定上、白人だけになるのは当然である場合を除く)。サーミ人コーカソイドであるが、何世紀にも及ぶ差別の歴史を持つ少数民族であり、PoC的にはOKだろう。アナ雪制作者がサーミ人アドバイザーを置かなかったことにより、 PoC批判を逃れるためにサーミ人を利用はするが、当のサーミ人の意見など聞く耳を持たない、と非難されても仕方のない状況なのだ。
 民族差別問題を生半可に甘く扱うくらいなら、いっそのことクリストフもゲルマン人だということにして、PoC批判は甘んじて受ける、という方向性もあったのだが。


サーミ人差別の歴史と現状

 サーミ人差別について、日本語で読めるウェブページを紹介しておく。 

 コンパクトにまとまった記事はこちら。
・KOKEMOMO Sweden  
http://www.kokemomosweden.com/special/same.html 

 詳細な学術研究報告書はこちら。
ノルウェーとスェーデンのサーミの現状 -北海道大学大学院教育学研究院教育社会学研究室- 
http://www.cais.hokudai.ac.jp/wp-content/uploads/2013/05/NorwaySweden_saami2013.pdf 

 サーミ人は、スカンジナビア半島を中心に、ノルウェイフィンランドスウェーデン、ロシアにまたがる地域に住む先住民族である。サーミの人口が最も多く、且つ歴史的にサーミ人への弾圧が激しかった国が、アナ雪の舞台となったノルウェイだ。サーミ人は少し前まで「ラップ人」という蔑称で呼ばれていた。ニュアンス的には「土人」に近い侮蔑語らしい。
 現代のサーミ人の多くは、通常の北欧人として生活している。血統的にはサーミ人であっても、自分がサーミ人であることを否定する人は少なくないし、否定の理由も様々である。現在の北欧三国は世界トップレベルの人権先進国であり、生活上何の不利益もなく、自分がサーミ人であることを意識したことすらない、という理由で否定する人もいる。そうは言ってもまだまだゲルマン人が優等でサーミ人が劣等であるという意識も根強く、自分を下位に置きたくない、という理由でサーミ人であることを否定する人もいる。そして、過去の同化政策でサーミ文化をことごとく否定され、1970年代までは断種の対象にもなった歴史的経緯ゆえに、自分がサーミ人であることを否定する人もいる。
 現在もなおトナカイの遊牧を続けている少数のサーミ人は、ツンドラの人口希薄地帯で生活している。普段は特にマジョリティとの対立もないが、森林開発や埋蔵資源関係で、サーミ人の存在が邪魔になることがある。かつてのように強制退去させることはできないが、代わりに、サーミ人の追い出し及び補償を求める声を封殺するために、サーミ人へのネガティブキャンペーンが張られることもある。
 

アナ雪のどこが問題視されているのか  

 以上、サーミ人差別の歴史と現状を踏まえた上で、改めてアナ雪を再考察してみると、やはり被差別少数民族に対してかなり無神経ではないか、と言わざるを得ない。
 トナカイの遊牧生活を送るサーミ人に対して、「臭い」「ノミ持ち」などの言葉が投げつけられる。それらが「直すべき欠点」であり、支配層であるゲルマン人が直してやるべきだ、と言われるのだ。これではまるで、かつてサーミ人に対して為されたの同化政策の正当化であるかのように受け取れる。一方、支配層側の「直すべき欠点」- すなわち、搾取と弾圧をやめること - は全く言及されない。フェアではないだろう。少数民族側の言い分として、「殴るし罵倒するし騙す」というセリフがあり、これは支配層の横暴を指しているようにも受け取れるのだが、言及対象を限定しない漠然とした弱い言い分ではある。
 前回考察を書いた時には敢えて目をつぶっていたが、クリストフと一緒にいる時のアナの行動が、野外でのNG行動だらけなのも改めて気になった。アウトドアにおいて、熟練者の指示に従わずに勝手な振る舞いをするのは非常に危険である。自分の命も他人の命も危険に晒してしまう無謀な行動をする人は実際に存在するので、ちょっとシャレにならないなあと。 

 かつてディズニーは、映画『ポカホンタス』において、先住民への迫害問題を矮小化したことを非難されたが、アナ雪でも同じ轍を踏んでしまったように思われる。作品中で民族差別問題に切り込まず、搾取を搾取として描かなかったために、かなりの事前知識を持った人でなければ、アナ雪を見て差別問題に気付くこことは難しい。アナ雪はサーミ人の児童労働シーンから始まり、次に同年代のヒロインたちが何不自由ない城で遊んでいるシーンに移るのだが、サーミ人差別を知らない観客のほとんどは、簒奪の構造に気付きもしないだろう。少数民族の労働力を安く買い叩くことによって一次搾取し、次に徴税により二次搾取し、それが貴族の裕福な暮らしを支えているのだが。
 立場の対等な者同士、もしくは権力を持つ側が持たざる者に対して献身した場合、それは崇高な行為として美談にもなるだろう。だが権力を持たない側が権力者に対して献身しても、それはただの搾取となる。作品中で、サーミ人のクリストフは随分と搾取されている。道案内の依頼だったはずが、途中からレスキュー隊員役をやっているし(当初の契約と異なる過重労働は搾取の基本)、支配層であるアナと関わって余計に貧困に陥っている。崖のシーンにおいても、クリストフはなんとかアナに手を伸ばそうとして無理な姿勢を取ったのが災いして頭を強打して気絶しかけている一方、アナはザイルを解いて自分だけ助かろうとしている。そして、財産をごっそり失って身一つになってしまったクリストフは、何の報酬も支払われないまま厳寒の戸外に締め出され、野垂れ死に寸前にまで追い込まれる。実際の歴史でも、少数民族の扱いなどそんなもので、せっかくリアリティを出したのに、それが「不当な収奪」として描写されているようには見えない。クリストフはアナを好きになるどころか、それこそ「カウトケイノの反乱」みたいに暴動を起こしても不思議はない。ラストでようやくまともな対価が支払われたのがファンタジーではあるが。 
 
 最後に、下記のウェブページからの引用で締めくくりたい。引用文中の「研究」の語句を「(映画などの)エンターテーメント」に置き換えてみたらどうなるか、考えさせられる。 

先住民族サーミを伝えること
 ~伊勢丹クリスマス・キャンペーン2014『Life is a Gift』に協力して~
 立教大学 観光学部 交流文化学科教授 葛野浩昭
http://www.rikkyo.ac.jp/tourism/faculty/staffletter/201502/index_01.html

と言うのも、苛烈な抑圧の中で生きることを強いられてきた、そして今も現に強いられている先住民族を研究する私たち文化人類学者は、自らの学術的な研究を、先住民族自身の政治的な復権運動から切り離した形で、学術至上主義的に行なうことの理不尽さを実感し反省しているからです。もちろん学術の発展も大切ですが、先住民族の復権はもっと切実な人類全体の社会的課題です。学術的レトリックを駆使することで自らの研究活動に「価値中立性」や「客観性」を漂わせることも可能で、そういったことは研究者にとって必要なスキルでもあるのでしょうが、先住民族社会に長期間、そして何度も繰り返して居候をお願いし、人々のお世話になりながら研究を進めているフィールドワーカーにとって、それは決して好ましい姿勢ではありませんし、そもそも「人の生き方」としても後ろめたさ無しに選択できる姿勢ではありません。先住民族研究においては、学術的な研究と「社会広報」的な作業との間に優劣の差などなく、肝心なのは、まずは先住民族の利益や未来のために、先住民族について何を、どのように広く社会へ伝えるか、を自省的に判断・実践し続けることの方でしょう。

 

 

小説素材01~04

 小説を書きたいという気持ちはあるし、アイディアだけは次から次へと掃いて捨てるほど思いつくのだが、あいにく私は文章力・構成力ともに不足しているし、細部を練り込む力量も無いから、作品として仕上げることができない。アイディア倒れに終わってしまった小説素材4本を、ここに書き留めておきたい。 


素材01

 

登場人物 

高橋 美紅(たかはし・みく) : 大手企業の一般職。23歳。両親と同居。自尊感情が低く依存心が強い。几帳面な性格で、学生時代の成績は良かった。19世紀の欧米文学に詳しい。甘い物好き。ペットのハムスターを大切にしている。 
  
瀬川 : 歯科医。42歳。夫と中学生の娘との三人暮らし。大学時代は山岳部で経験を積み、卒業後も社会人山岳会に所属。特に沢登りを愛好する。

 

滝谷 : 中堅建設会社の事務員。30歳。事実婚の夫と二人暮らし。実家は民宿経営で、山菜料理、イワナ料理、ぼたん鍋などを得意とする。猟銃免許を持ち、イノシシの解体をやるほか、魚の内臓に異常な興味を示す。時々「料理」を「解剖」と言い間違えることがある。

 

沢村 : スポーツジムのインストラクター。26歳。身長182cm。全日本ボディービル大会(架空大会)の女性部門で優勝経験あり。あだ名は「シュワ村」。登山経験は浅いが、歩荷(ボッカ)役として活躍する。

 

松田 : 美紅の上司であり、交際相手でもある。37歳。離婚経験あり。前妻との間に子供が二人いるが、養育費は踏み倒している。モラハラ気質。弁が立ち、周囲からの評判はすこぶる良い。自分より格下だと見なした相手に対し、人格を否定するようなことを頻繁に口にするほか、属性を貶めることも多い。

 

江藤 : 美紅の同僚。一般職。23歳。以前、松田に言い寄られ断って以来、松田から執拗な中傷・嫌がらせを受け続けている。

 

地名 

赤トガ山 : 架空の山。標高2000m級。東側に広大なブナ・ミズナラ原生林を有する。

 

逆崩川(さかくずれがわ) : 架空の川。赤トガ山水系の源流部はイワナ釣りの人の間では有名。

 

ストーリー   

 美紅と松田は、ゴールデウィークを利用して、赤トガ山の麓に建つリゾートホテルに遊びに来ていた。美紅はハムスターをプラケースに入れて連れて来た。
 他の宿泊客が「赤トガ山のてっぺんからの眺めがすごくいい」と会話しているのを聞き、思いつきで登ってみることにした。美紅も松田も登山経験はゼロ。ジーパンにスニーカーの軽装。登山開始時刻には遅すぎる午後2時頃に登り始めた。登山道の整備状況は良好だったが、経験の無い二人にとっては想像以上に険しい悪路に感じられ、すぐにへばってしまった。「頂上はまだか」などと文句を言いながら、喘ぎつつなんとか歩いた。松田は不機嫌になり、美紅に対し、「役立たず。もっとシャキシャキ歩け」と命じ、二人は口論になった。カッとなった松田は美紅を斜面から蹴り落とし、そのまま一人で下山した。 

 服は泥だらけになり、あちこち擦り傷を負った美紅が斜面をよじ登って登山道に戻った時、松田の姿はなかった。てっきり松田は先に頂上へ向かったのだと勘違いした美紅は、松田に追いつこうと必死に登るも追いつくはずもなく、松田と連絡を取ろうにも携帯電話も圏外だった。日が傾きかけ夕方の気配が濃くなった頃、ようやく松田は既に下山したのではないかと思い当たった。 

 美紅は登山道を下り始めた。周囲はどんどん暗くなり、美紅はパニックに陥った。しばらくは携帯電話画面の明かりを頼りに歩いたが、間もなくバッテリーが切れてしまった。当然ヘッドランプなど持っていない。足元も見えなくなり、歩くことはできなくなった。こうして美紅は、生まれて初めて野宿を経験することになった。
 山の夜は、美紅が想像したこともないほどの漆黒の闇だった。自分の手すらも見えない。それどころか、自分が目を開けているのか閉じているのかも分からないほど真っ暗だった。そして、底冷えのする寒さだった。美紅はうずくまってひたすら身を縮め、かじかんだ手を両腿に挟んで震えた。風が樹木の梢を揺らす音や、近くの茂みがガサガサいう音にいちいちビクビクした。 

 あまりの寒さに一睡もできないまま、長すぎる夜が終わり、近くでクロツグミが素晴らしい歌声を張り上げた頃、空は明るくなり始めていた。美紅は再び歩き始めた。すっかり明るくなり、改めて周囲を見て、自分のいる場所は登山道の上ではないことに気付いた。美紅は既に道迷い状態に陥っていた。山の行動原則を何も知らない美紅は、ただ闇雲に下ることだけを考え、南西に向かう正規登山道から逆方向に離れていき、逆崩川の源頭部に辿り着いた。そこから先は広大な原生林地帯である。美紅はそのまま沢沿いに下りようとしたが、すぐに小規模な滝が現れた。滝の脇の斜面を巻いてなんとか突破したが、結果的にますます原生林の奥深くに入り込んだだけだった。事態の悪化を招いたまま、二度目の夜を迎えた。

 三日目、沢沿いの下降を続けようとするが、前日よりさらに落差のあるスラブ滝が現れ立ち往生してしまった。真昼になり気温が高くなると、睡魔に襲われた。前夜も前々夜も寒すぎて眠れなかったのだ。冷たい風が吹いて目が覚めた時は既に夕方だった。

 四日目、明け方の冷え込みは緩まったが、その後も気温は上がらず、雨が降り始めた。山の雨は容赦なく体温を奪う。美紅は大岩の下にスペースがあるのを見つけ、潜り込んだ。そこなら雨は当たらなかったが、冷たい風が吹き込んできた。美紅は風が侵入してくる隙間に土を詰めた。気温は下がり、雨は降り続け、沢はみるみる増水していった。夕方、雨足が弱まったわけでもないのに水かさが減った。その後、鉄砲水が発生し、濁流が音を立てて沢床を駆け抜けた。美紅のいる場所には水は到達しなかったが、美紅は不安でたまらなかった。
 甘いもの好きの美紅は、デイバックいっぱいに菓子を詰め込んで持ってきていたが、これが幸いした。ポテトチップス一袋は既に食べ尽くしてしまったが、まだキャンディ、ビスケット、ピーナツチョコなどが残っていた。一日に二回、菓子を一個ずつローテーションしながら食べることにした。一枚のビスケットを30分近くかけて少しずつ齧り、舌で溶かすようにして食べた。500mlペットボトルには沢水を汲んでおいた。 

 五日目、雨は止んだが一帯はぬかるみ沢は大荒れで、行動できる状況ではなかった。どのみち下流側には滝が待ち構えていて、もう下降は無理だった。 以後、美紅は大岩の下のスペースでじっと過ごすことになる。 

 相変わらず寒さのあまり夜は眠れなかった。沢音が常に聞こえ続けていたが、時折どこからともなく人の話し声が聞こえてくることがあり、恐怖に駆られて暗闇に目を凝らした。真っ暗な視界の端に、ぼんやりした白いものが動くのが見えた。明け方わずかに明るくなった時、醜怪な小人が美紅の腕につかまっているのが見え、恐怖の声を上げながら振り払った。 

 夜は寒さに震え幻覚幻聴に怯え、気温の上がる昼間に眠り、一日二回、菓子を一個ゆっくり食べる日々が続き、もう日付も分からなくなった。手足の指は軽度の凍傷で動かなくなり、用を足すためにズボンの上げ下ろしをするのにも四苦八苦するようになった。菓子も次第に減ってきた。
 いつものように昼間に眠っていたが、人の声が聞こえてきてぼんやりと目を覚ましかけた。夜中に人の声が聞こえることは頻繁にあったが、昼間に聞こえるのは初めてだった。またうとうとと眠りかけた時、さらにはっきりと下の方から人の声がした。幻聴ではなく本当に誰かいるのだ、と確信した美紅は大声で助けを求めた。 

 瀬川、滝谷、沢村の三人パーティは、逆崩川を遡行していた。昨日は沢沿いにテントを張り、イワナ釣りも料理も得意な滝谷が素晴らしい夕食を振舞った。もっとも滝谷イワナの内臓について妙に詳しく解説を始めた時は、瀬川も沢村もドン引きしていたが。
 三人の中では沢村が唯一の沢登り初心者であり、支点取りやホールド・スタンス取りについて瀬川が細かく指示を与えた。稜線直下の最後のツメは猛烈な笹の藪漕ぎになることも伝えた。沢音に負けじと大声で指示出し・返答を交わしていると、はるか上の方から「助けてー」という声が微かに聞こえてきた。瀬川が「誰かいますかーっ」と呼びかけたら、確かに上流側に人がいるのが確認できた。「今 行きまーす」と瀬川は答えた。
 美紅の足指は軽度の凍傷で踏ん張りはきかなくなっていたが、まだ少しは歩くこともできた。岩の下の隠れ場所から出て、ふらつきながらも下流側の滝に向かって歩き出した。ヘルメット姿の三人組は、ザイルで確保しながらスラブ滝を登ってきた。こうして美紅は、遭難22日目にしてようやく発見された。 

 谷底の地形で外部との通信はできず、直ちに救助要請を出すことはできなかった。どのみち救助ヘリが近づける地形ではなく、いったん美紅を尾根上へと搬送する必要があった。美紅の意識ははっきりしていて、自分の名前を名乗り、三人組の質問にもきちんと返答した。衰弱は激しかったが目立つ外傷はない。取り敢えず一次救護しようということになり、近くにテント設営適地を見つけ、ガイド用にザイルを渡し、沢村が力技で美紅を引き上げた。
 沢登り三人組はテントに美紅を引っ張り込み、シュラフでくるんだ。すぐに湯を沸かし、濃いココアを少しずつ美紅に飲ませた。久しぶりに温かいものを口にした美紅は、ただひたすら涙を流し続けた。瀬川は美紅の凍傷に気付き、解凍すべきかどうか迷ったが、鎮痛剤を持っていないこと(解凍には激痛が伴う)、美紅を搬送する必要があること(いったん解凍したのち再凍傷すると予後が非常に悪い)から、解凍は見送った。
 落ち着いたところで、救助要請を出そうということになり、瀬川と滝谷が通話可能地点を探しに出かけ、沢村がテントに残った。沢村はできるだけ美紅が暖かく過ごせるように気を配った。
 薄暗くなりかけた頃、瀬川と滝谷は戻ってきた。稜線上で通話に成功し、GPSログからテント座標を伝え、明朝すぐに救助隊が来るとのこと。
 その夜は、沢登り三人組が交代で美紅の世話をした。美紅は遭難以来初めて、夜に眠ることができた。 

 翌朝、救助隊と合流した沢登り三人組は、一緒に美紅を搬送した。尾根上に吊り上げ救助可能場所を発見してホバリングしていた救助ヘリに美紅は収容され、三人組はダウンウォッシュの烈風に晒されながらヘリを見送った。 

 時間は遡ってゴールデンウィーク、美紅を斜面から蹴り落として一人で下山した松田は、そのままホテルに戻ったが、美紅は戻ってこなかった。翌日、さすがにまずいことになったと思いながらも、松田は車を運転して帰宅した。
 出社日、美紅の両親から、娘が失踪したとの連絡が会社に入ったが、松田はそらとぼけた。美紅は両親に対して、友人宅に遊びに行くと嘘をついていたし、赤トガ山の山麓ホテルには、二人は偽名を使って泊まっていたから、松田さえ口を閉じていれば、美紅が赤トガ山で遭難していることは誰にも知られることはなかった。松田は証拠隠滅のために、車に積んであった美紅の荷物を処分し、美紅のハムスターを溝に捨てた。数日間は、美紅が戻ってくるのではないかと松田は内心びくびくしていたが、遭難後一週間が経過した頃、美紅は死んだと確信した。行方不明になったままの美紅は失職扱いになった。
 美紅が生還したニュースを聞いた時、松田は驚愕した。松田が美紅を蹴り落とし、赤トガ山で遭難していることを知りながら捜索依頼も出さずに放置したことを知る当人が、生きて戻って来た。松田は職場で、美紅を中傷する噂を流し、過去に自分が犯した仕事上のミスを全部美紅のせいにした。松田の周囲の社員たちの大半は、口達者な松田に同調したが、江藤は違った。美紅失踪時には美紅の話題を避けるようにしていた松田が、美紅の生還後に突如として美紅を中傷し始めたことを不審に思った。松田が美紅のせいにしているミスは実は松田のミスであることを知っている社員や、美紅とほとんど面識のない社員までもが、尻馬に乗るように美紅叩きに興じる有様は、江藤には見慣れた構図だった。周囲からの後ろ盾を得た松田が増長して中傷をエスカレートさせていくのも、江藤は既に経験済みだった。 

 病院に収容された美紅は両親と再会し、感覚が無くなっていた手足の指に激痛の感覚が戻り、衰弱状態から順調に快復していった。大切なハムスターのことが気がかりでたまらなくなった美紅は松田に電話したが、電話に出るなり松田は美紅を罵倒した。美紅はハムスターがどうなったのか聞き出そうとしたが、松田は「嘘つき! でっち上げだ!」などと支離滅裂な罵詈雑言を喚いて電話を切った。
 その後、江藤が美紅を見舞いに訪れた。 

解説  

 後半、主人公がDVモラハラ相手との共依存関係を断つ過程がうまくまとまらなくて、半端なところで投げてしまった。共依存をスムーズに解消するには、相手と物理的に離れることと、外部協力者が存在することが重要になる。外部協力者の役回りは、江藤と沢登り三人組に担当させることにした。

 


素材02 

 

概要 

 素材01では全く登場しなかった、瀬川の夫が主人公。荒唐無稽系の痛快アクションと、やたらめったら現実的な人物・職能設定とのギャップがポイント。

 

ストーリー  

 瀬川(39歳)は電気工事士。歯科医の妻と中学生の娘との三人暮らし。いつもヨレッとした作業服姿で、腰道具を装着。「安全第一」の文字と緑十字入りのヘルメットは、もともと白かったが、薄汚れてネズミ色になっている。冬は腹巻にホッカイロを忍ばせ、ドカジャンを羽織る。屋内配線から高圧架線まで幅広く手がけ、高所作業も慣れたもの。たまにスーツを着ると、あまりの似合わなさに妻に笑われてしまう。妻に治療されることを断固として拒み、虫歯になった時はわざわざ別の歯医者に通う。そんな彼には裏の顔があった。彼は電動工具を武器に悪と闘うヒーローだったのだ。高所作業経験を活かして敵のアジトに侵入し、配電図を頼りに電気供給を断ち敵を混乱させ拿捕する戦法を得意とする。
 とあるビルの最上階展望ラウンジが武装集団に占拠され、従業員と客を人質に立てこもった。瀬川はさっそく人質の救助に向かう。

 

解説  

 ごく普通の市井の人が、緊急時にヒーローになるという、昔からよくある変身ヒーローもののテンプレ通りの作品。ただし、現実で救助作業中に二次被害に遭うケースが多発していることに配慮し、主人公は決して無謀な真似をしないように描くつもり。レスキュー講習においても、救助者はまず自分自身の安全確保を第一にすべしと教え込まれる。だから主人公は、救助作業の際に、まず壁面にケミカルアンカーを打ち込み、安全第一ヘルメット(ネズミ色)をかぶり、胴綱で安全確保をはかる。
 また、ヒーロー変身時の主人公の行動は、すべて日常における訓練の帰結であることも描写しておく。普段やっている高所での安全第一作業や、高圧活線を扱う際の慎重さや、道具類の使いこなしや、ケースバイケースの事例での適切な判断訓練などが、緊急時の行動に直結する。それと、主人公は普段の日常生活中で、ごく当然のように人助け訓練を積んでいる。妻より先に帰宅した時はさっさと夕食を作り、あとは温めるだけでOKの状態にしておき、掃除機をかける。慣れているので手際もいい。自宅でくつろいでいる際にコーヒーが飲みたくなったら、妻と娘にも要るかと声をかけ、人数分を淹れる。家族内で唯一の喫煙者であり、灰皿は自分で洗う。ただし洗濯はしない。娘が自分の下着を父親に見られるのを嫌がる都合上、洗濯は妻か娘が担当することになっている。
 普段 何もしない人は、緊急時にも何もできないし、余裕ぶっこいた平時に他者を踏みつける人は、緊急時にはより露骨な行動を取ることを示すため、比較対象を作中に描くことにした。展望ラウンジに来ていた夫婦の夫は、妻を顎で使いながら、「いざという時はお前を守るから、黙って俺に従え」と豪語するが、いざとなったら妻を弾よけ代わりに前に出し、自分は妻の後ろに隠れてスタコラ逃げ出すシーンを挿入。

 

 荒唐無稽ヒーローものではなく現実路線ものとして、大震災で壊滅した都市を舞台に、ライフライン復旧に向けて瀬川が尽力するストーリーも考案中。

 


素材03 

 

概要  

 霊感商法や怪しげな健康法に嵌りまくった主人公が、周囲の人たちを振り回すドタバタ・コメディ。

 

登場人物  

霊美(たまみ) : 資産家。48歳。土地を所有し、不動産収入を得ている。夫とは15年前に死別。家中におどろおどろしい魔除けのお札を貼り、何をかたどったのかよくわからない奇怪な厄除け人形を何体も置いている。愛用のノートには、除霊の儀式一覧をびっしり書き連ねている。 

 

理一郎(りいちろう) : 霊美の一人息子。18歳。今春、難関大学の工学部に合格し、通い始める。幼い頃から霊美に、黒猫が道を横切ったら三度回って「醍朝勅徴公文(だいちょうちょくちょうこうもん。大腸直腸肛門と聞こえる)」と魔除けの呪文を唱えなければ魂を抜かれる、と教え込まれているので、黒猫を見ると脊髄反射してしまう。

 

ルリカ : 理一郎の工学部の先輩。20歳。

 

 

法明大師(ほうみょうだいし) : 霊美の「かかりつけ霊媒師」。67歳。霊美は肩や腰が痛くなるとすぐに法明大師のもとへ行き、大師は「肩に霊が二体 取り憑いている」などと言って除霊し、霊美の信用を得ている。霊美に様々な厄除けグッズを販売している。理一郎も子供の頃は具合が悪くなるたびに大師のもとへ連れて行かれ、霊美同様に大師を信奉していたが、高校生になる頃には大師はペテン師だという結論に達し、毛嫌いしている。

 

ストーリー  

  膝が痛くなって法明大師の元に訪れた霊美さん、大師に「知り合いの女の人が中絶した水子の霊が膝に取り憑いてます」と言われ、お祓いしてもらって痛みが取れた。元気になって車を運転して帰宅する途中、一時停止を無視して自転車の男性を轢きそうになり、男性に「轢かれそうになるなんて、私が祓ってもらった水子の霊があなたにうつったかもしれない。法明大師のところへ行こう」と言い、相手方は激怒。「あんたの不注意のせいだろが! 霊のせいにするな!」と怒鳴られるが、霊美さんは「祓ってもらわないとまた災難に遭いますよ」と動じない。
 その頃ルリカは、理一郎の家に届け物をしに行ったが、家のあちこちに貼られた奇怪なお札や変な置物を見てドン引き。理一郎が玄関先でルリカを応対していた時に霊美さんが帰宅。ルリカを見るなり、「あんた、中絶した?」と質問。ルリカは中絶経験こそなかったものの、霊美さんのあまりの無神経さに唖然。理一郎も青ざめた。その時、道路上を黒猫が横断。理一郎は条件反射でその場で三度回って、「醍朝勅徴公文」と唱えてしまい、ルリカは逃げ出した。
 ことの顛末をルリカが学友に話したために、理一郎のことを「あいつ頭おかしい」という噂が学内で流れた。そういう家庭に育ち、そういうものだと思っていた理一郎だったが、改めて、傍目にはやはり異常なのだと再認識し、落ち込んだ。理一郎のことをイカレた人だと思って敬遠したルリカだったが、理一郎から事情を打ち明けられ、理一郎に同情するようになった。
 理一郎は、せめて外から見える場所に変なお札を貼らないように、他人に無神経なことを言わないようにと霊美さんを説得しにかかるが、もちろん霊美さんに通じるはずがない。霊美さん最強! 霊美さん向かうところ敵なし! 今日も霊美さんは元気だった。

 

解説 

 

 霊美さんのモデルになった人物は、私の知人である。その知人のタガの外れっぷりは凄まじく、知人の言動をそのまま流用すれば霊美さんネタには事欠かないが、それでは個人特定できてしまってまずい。したがって霊美さんの行状は全て創作ネタだが、本物の破壊力の足元にも及ばず、いまいち面白くない。
 法明大師のモデルとなった人物も実在し、その人は、歴史修正主義と性差別を全面に打ち出した宗教右翼関係者であり、キナ臭いことこの上ない。だが、作品中ではコメディタッチを失わない程度にとどめ、法明大師の発言の端々にダダ漏れする強烈な差別意識と、そんな大師に心酔する霊美さんの様子をコミカルに描きたい。

 


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解説  

 

  かつて、地図に関するデタラメな俗説が世間一般に蔓延していることに問題意識を持ち、俗説の発生源となっているベストセラー本『話を聞かない男、地図が読めない女』を読んでみた。この本のレビューを見たら、アカデミズムの人たちも含め、ほとんど絶賛評ばかりだったので、相当巧妙に書かれた本かと思ったら、前書きをざっと眺めただけであっさりトンデモ本だと見破れる低レベルな本で拍子抜けした。この本に対する私の見解はこちら。 

 

『話を聞かない男、地図が読めない女』 (1) - 影響力の絶大さ
http://d.hatena.ne.jp/semimaruclimb/20111108/1320757630
『話を聞かない男、地図が読めない女』 (2) - 男脳・女脳テスト
http://d.hatena.ne.jp/semimaruclimb/20111112/1321103706
『話を聞かない男、地図が読めない女』 (3) - 男は狩りをしない
http://d.hatena.ne.jp/semimaruclimb/20111118/1321611819
『話を聞かない男、地図が読めない女』 (4) - 空間能力と地図
http://d.hatena.ne.jp/semimaruclimb/20111122/1321970889
『話を聞かない男、地図が読めない女』 (5) - ナビゲーションと地図
http://d.hatena.ne.jp/semimaruclimb/20111125/1322229265 

 

 残念ながら、生物学の皮をかぶったこの手の俗流性差論は、似たり寄ったりな言説が現在に至るまで繰り返し再生産され続けている。この手の論者は、口先では「違いであって優劣ではない」と綺麗事を言うが、「優劣ではないのだから格差があるのはおかしい。女性にも男性と同等の金銭と権力を付与すべき」とは口が裂けても言わないから、実に分かりやすい。要するに、金と権力に結びつくことは男性に適し、低賃金労働やタダ働き(シャドウワーク)は女性に適していると述べているだけ。上っ面にちょっとだけ砂糖を振りかけたところで、中身はただの差別であり、所詮は搾取の正当化にすぎない。昔、詩や文学が富と権力への近道だった時代には、女は文学には向かないと言われたものだが、文系の金銭的価値が低下した現代では、女は文系向きだと言われるようになったしな。
 というわけで、この手の男脳女脳論のパロディを書くことを思いついた。架空の未来社会でベストセラーになり、各方面から大絶賛された本、という設定である。 

 

社会設定  

 道の病原体に侵された人類には子どもができなくなり、未曾有の少子化状態に陥った。人工的に胎児を育成する技術のおかげでなんとか子孫を残すことに成功したが、人類にとっての最重要課題は子どもを育てることであり、他のことは補助業務にすぎないと認識されるようになった。政府は子育てに巨額の助成金を投じ、育児を専門に行なう人(かつては専業主婦/主夫と呼ばれた人)の平均年収は、現在日本円に換算して数十億円に達した。保育士やベビーシッターなども、億単位の年収が見込める花形職業となった。一方、航空機のパイロットやエンジニアなどは、平均年収150万円以下の低賃金労働となり、金融トレーディングは完全にタダ働きのシャドウワークと化した。
 そんな社会で、男女の脳の違いを「科学的に証明した」本がベストセラーとなった。

 

内容   

「男と女はちがう。どちらがよい悪いではなく、ただちがうのである。」という書き出しで始まる。
 育児に携わる業種のほとんどは男が占め、エンジニアや金融トレーダーの大半は女が占める。航空機パイロットの95パーセントは女である。これは差別ではなく、男女がそれぞれの適性に見合った職業を選択したごく自然な結果にすぎない。家政学を専攻する学生の大半は男であり、理工系の学生の大半は女である。
 育児は非常に体力を使うので、力のない女には向かない。これは政治や社会の問題ではなく、科学や生物学の次元の問題である。アファーマティブ・アクションにより、育児を担当する女を増やそうと試みる運動もあるが、百害あって一利なしである。女が男並みに働いたところで、当の女性自身の幸せにならない。男女がお互いの違いを認め合い、それぞれの役割を果たすことが大事である。

山の怪奇現象と恐怖体験

 山の恐怖体験といえば、目の前で沢がみるみる増水していったとか、雷雲の中に突入したとか、すぐ脇を人頭大の落石が掠めていったとか、滑落が始まったのにピッケルが雪面に刺さらんとかいうのが思い浮かぶだろう。こういう原因のはっきりした具体的な恐怖は、登山の技術書などで何度も注意喚起されているので、ここでは取り上げない。もうちょっと漠然として得体の知れない恐怖体験、あまり取り上げられることのない怪奇現象について書いてみたい。 


 目次
1.虫の知らせ
2.訪問者を恐怖に陥れる滝
3.深夜にどこからともなく聞こえる話し声
4.謎の足音
5.闇夜をつんざく悲鳴
6.白骨死体
7.知らない人が聞いたら怖い鳴き声-トラツグミ、オオジシギ、アオバト
8.深夜の銃声


1.虫の知らせ

 7月のある日、私は1200メートル級の低山に単独で登り、山中でテント泊する予定だった。その日は快晴・無風状態で朝から暑く、直射日光の照りつけの激しい未舗装林道を歩き、標高400メートル地点で登山道に取り付いた。登山道は落葉広葉樹林の中で日光はほとんど届かず、落ち葉が厚く積もっていた。登山道を歩き始めて間もなく、不意に「虫の知らせ」としか言いようのない嫌な感覚に襲われた。これ以上、先に進んではいけないような気がしてたまらない。山登りする気満々で準備も万全だったのに、足がなかなか進まず、いたたまれなくなって逃げるように登山道を下り林道に戻った。
 林道で一息ついたら、先程までの嫌な感覚が嘘のように消えたので、再度気を取り直して登山道に入った途端に、またしても「虫の知らせ」状態に陥り、すぐに林道に逃げ戻った。しばらく未練がましく林道をうろうろしたが、結局 登山を中止した。
 実はその後、その山で大規模崩落が発生した......なんて事態はもちろん起こっていない。 

 当初 私は、あの「虫の知らせ」は何らかの体調不良の兆候だったのではないかと推測していた。日常生活を送る分には問題ないが、山で単独テント泊するには負担になる程度の軽微な体調不良が生じたのかもしれないと。だが、当時の状況をよく思い返してみて、あれは炭酸ガス濃度が高かったのが原因ではないかと考えるようになった。明らかな身体症状が発生するほど危険な高濃度ではないものの通常レベルより炭酸ガス濃度が高く、精神活動に変調をきたした可能性がある。
 林内には日光がほとんど届かず、樹冠部分では光合成が盛んに行われていても、地表部では酸素合成がほとんどなく、木材の呼吸・発酵・樹脂酸化作用、落ち葉などの有機物の腐敗、菌糸類や微生物の呼吸作用などで炭酸ガスが発生する。当然、環境温度が高いと炭酸ガス発生も活発になる。あの怪奇現象が起こった日は暑かったし、無風だった。しかも事象が発生したのは林内だけで、開けた林道では生じなかった。
 サイロ、食物貯蔵庫、木材庫などではしばしば酸欠事故が発生している。幸いにも生還した人は、「背後から何者かに押さえつけられたような感じがした」と証言することもある。また、酸素欠乏症の前兆症状として、脈拍・呼吸数の増加や、高度な思考作業ができなくなり稚拙化してしまうことなどが挙げられる。
 私が山で「虫の知らせ」を経験したのはあの時1回きりである。今となっては原因を特定しようもないが、現在のところ、軽度の酸欠症状説が最有力仮説だと見ている。 

※参考文献:『新 酸素欠乏症等の防止<特別教育用テキスト>』 中央労働災害防止協会 


2.訪問者を恐怖に陥れる滝

 これは私が体験したことではないが、もう1件、軽度の酸欠症状の可能性が疑われる事例を聞いたことがある。
 知人数名と山関連の話をしていた時、Aさんが、とある滝での恐怖体験を語り出した。夏のある日、その滝を訪れた際、誰もいないはずなのに不意に誰かが背後に立ったような気がして動悸が激しくなり、さらに滝の上からも何者かが覗き込んでいるようで、恐怖のあまりその場から逃げ出したという。それを聞いたBさんが、「自分もあの滝で似たような経験をした」と言い出した。やはり滝の前で突然の恐怖に襲われ逃げ出したそうだ。
 Aさん、Bさん共に、恐怖体験をしたのは夏の無風状態の日で、その滝は昼も薄暗い林の中にあり、炭酸ガス大量発生の条件は揃っている。 


3.深夜にどこからともなく聞こえる話し声 

 今のところ私はこんな経験をしたことはないが、深夜に誰もいないはずの外から人の話し声が聞こえた経験を持つ人はそこそこいるようだ。体験者からの聞き取りをまとめてみよう。 

事象が発生するのは夜。昼間は発生しない。
・単独もしくは1パーティで避難小屋、テントなどに宿泊中、誰もいないはずの外から人の話し声が聞こえてくる。
複数人でパーティを組んでいる場合、メンバー全員が「あれは確かに人の声だった」と意見一致することがある。
・他に大勢の登山客がいる場合、事象は発生しない。仮に発生しても「他の人が喋っているのだろう」程度にしか思わないから当然といえば当然。
・強風時には発生しない。風の音がうるさくて話し声どころではないだろうからこれまた当然。ただし、強風が一時的に止んだ際に事象が発生することはある。
・季節に依存しない。夏でも冬でも起こる。
・標高に依存しない。森林限界以下でも以上でも起こる。 

 この案件については、事象発生時の詳しい状況も含め、引き続き体験者からの聞き取りを行なっていきたい。 


4.謎の足音 

 10月の夕方、私は標高1300メートル付近の場所で、単独テント泊していた。山は既に晩秋で、木々の葉はすっかり落ち尽くして林内は明るく、地面には落ち葉が積もっていた。他に登山者はおらず、周囲1キロ以内にいる人間は恐らく私一人だけだろうと思われた。テント設営も終わり、夕食にはまだ早いので、テント内で寝そべってくつろいでいた。
 遠くから単独行の人の足音が聞こえ、ザッ、ザッと落ち葉を踏みしめながらまっすぐ近づいてきて、私のテントのすぐ脇でザックを下ろすようなドサッという音がして、ゴソゴソと動き回り始めた。誰かが隣でテントを張ろうとしているのだ、と私は思った。他にもテント設営場所なら幾らでもあるが、近くに他のテントがあった方が安心できるということか。まあ今夜はお隣さんになることだし、挨拶でもしておこうとテントから顔を出した途端、鹿2頭と目が合った。呆気に取られる私を尻目に、2頭の鹿は一目散に逃げていった。えっと、あれ、人間一人の足音にしか聞こえなかったんだけど、鹿が2頭って、そんなはずは......
 幸いにして、鹿が訪問してきたのはまだ明るい夕方だったし、足音の主もしっかり確認できたからよかったものの、仮に足音がしたのが深夜で(鹿は夜間も行動する)、足音の主も確認できずじまいだったら......ぞおぉぉぉぉ~っ。 

 足音つながりでもう1件。これは登山入門書などで何度も注意喚起されている恐怖であり、本稿で取り上げるべき話題ではないが、ちょっとだけ。
 深夜にテントのすぐ近くで、明らかに巨大な動物が歩き回っている足音が聞こえた時の恐怖は名状し難い。 


5.闇夜をつんざく悲鳴

 山中で、夜中に突然「ギャァァァァーッ!!」という悲鳴を聞くことは割とよくある。だが何度聞いても慣れるようなものではなく、聞くたびにギョッとする。恐らく何かの動物の声だと思われるが、人間の悲鳴そっくりに聞こえるし。
 最初は凄まじかった悲鳴が次第に弱くなっていくこともある。小動物がフクロウだかイタチだかに襲われて断末魔の叫びを上げているのだろうか。
 フクロウの雌は「ギャーッ」と鳴くので、こいつには毎度怖い思いをさせられる。 


6.白骨死体 

 ヤブ漕ぎ山行をしていた時、子供の白骨死体らしきものを見つけてギョッとしたことがある。だが頭骨の形状からサルの死体だと判明。死体って、動物に食い荒らされてバラバラになるものかと思っていたら、意外にも完全な形で残っていて感心した。見知らぬサルの死を悼んで数秒の黙祷を捧げておいた。 


7.知らない人が聞いたら怖い鳴き声-トラツグミ、オオジシギ、アオバト 

 知らない人がいきなり聞いたら度肝を抜かれる鳴き声の持ち主がいる。私と一緒に山行した人が驚いた鳴き声を挙げてみたい。 

トラツグミ 
 主に夜中に口笛のような声で鳴く。曇天など薄暗い時は昼間も鳴くことがある。私がテント泊を始めた頃、トラツグミが間近で一晩中鳴き続けて以来、この鳥に惚れ込んだ。どうやら林内を巡回しながら鳴いているらしく、テントの真上で鳴くこともあった。至近距離だとかなりの声量だ。残念ながら以後はそこまで近距離で鳴かれたことはない。
 トラツグミの声は不気味に聞こえる。「夜中に誰か山の中で口笛吹いているかと思って気色悪かった」という人もいる。テント泊の際、同行者が夜中に私を起こして、「何か鳴いてる」と薄気味悪がったこともある。そんな同行者も、すぐに私同様トラツグミのファンになったが。

トラツグミの鳴き声↓ 
https://www.youtube.com/watch?v=Y2soibdu-t4 

・オオジシギ 
 夏の北海道と中部地方の一部の草原に棲息する。夜中に鳴くことはないようだが、明け方まだ暗いうちに鳴くことはある。以前、信州の草原近くでテント泊していた時、朝一番にオオジシギがテントの真上で鳴いたせいで同行者が飛び起き、「何あれ!?」とびっくりしていた。
 こいつは鳴き声(と羽音)も変だが、習性も変で、何を考えているのかさっぱりわからない。繁殖地は非常に狭く、北海道と中部地方以北の本州の一部、サハリン南部だけだという。そのくせ繁殖期が終わるとわざわざ赤道をまたいでオーストラリアに渡る。しかもオーストラリア南東部の限られた地域でのみ越冬するらしい。なぜそんなに選り好みをするのか。

オオジシギの鳴き声↓
https://www.youtube.com/watch?v=RJhFHMPEwFM 

アオバト 
 非常に風変わりな声をした美しい緑色のハト。オカリナを吹いているようにも聞こえる。やはり夜中には鳴かないようだが、明け方の暗いうちに鳴くことはある。これも私の同行者が不気味がって「何あれ!?」状態になっていた。

アオバトの鳴き声↓
https://www.youtube.com/watch?v=U2TYimeuHlo 

※参考文献:『日本の野鳥』 山と渓谷社


8.深夜の銃声 

 私自身は昼間に割と近くでハンターの銃声を聞いたことはある(それはそれで誤射の恐怖に震え上がるが、本稿では取り上げない)が、深夜の銃声は聞いた事がない。知人に訊ねても、夜に銃声を聞いたことのある人はいないようだ。狩猟法では、日没後から日の出まで銃を撃つことは禁止されている。だが、登山口付近に設置された金属製の看板に何発もの弾痕が残っているのを見たことはある。散弾銃ではなく、威力の強い30口径ライフルによる弾痕だと思われる。
 通常の狩猟では散弾銃を使用する。だが、熊、猪、鹿などの大型動物を1発で仕留められないと危険な場合を想定し、散弾銃の使用経験が10年以上ある者のみ特別にライフル所持が許可される。当然、建物への射撃は禁じられている。看板が果たして法律上の「建物」に該当するのか分からないが、10年以上の経験を有するベテランが、看板に何発もライフル弾を撃ち込む真似などするものだろうか。あの弾痕は、非正規手段でライフルを所持している人、すなわち893の御方が、深夜に人気のない山道にやって来て、看板相手に射撃の練習をしたのではないかと...... 

 893な御方は、基本的に車で入れる範囲の場所しか行かないだろうから、山中でテント泊している時に下方で銃声が聞こえてきても、そりゃ肝が潰れるだろうが、安全上問題はないと思われる。893な御方は、わざわざ徒歩で夜の山に登ってきたりはしないだろう。
 怖いのは、翌朝登山するために、登山口近くで寝ていた場合だ。夜中に突然車がやってきてバタンとドアの音がしたかと思うと、いきなり銃声が鳴り響く......なんて事態になったら、私ならちびりながら腰を抜かす自信は確実にある。見つかったが最後、口封じされそうだし。そんな背筋も凍る恐ろしい体験をした人は、果たして存在するのだろうか......
 
 

『アナと雪の女王』のクリストフはどう描かれているのか? 山男視点で解説【完全ネタバレ注意!!】(追記あり)

※『アナと雪の女王』の完全ネタバレです。ただし、観ていない人にはやや分かりにくいです。

 

 タイトルはこれ↓のパクリ。

アナと雪の女王」のクリストフはなぜ業者扱いなのか? 夏野剛×黒瀬陽平×東浩紀の3氏が男性視点で新解釈
http://www.huffingtonpost.jp/2014/08/07/anayuki-genron_n_5660493.html 

 1ヶ月以上も前の記事に反応するのも今更だし、映画の楽しみ方は人それぞれだが、言論人を名乗る論客が3人も集まって公開討論するなら、作品中で「何が描かれているか」を読み取り、「そこから何が推測できるか」ぐらいは押さえてもらわないと。そんなわけで、ディズニー映画『アナと雪の女王』について、クリストフを中心に書いてみたい。

 アナ雪の小説版もあるらしいが私は読んでいない。あくまでも映画本編(英語版)から判断できる範囲内にとどめておく。


作品の手法について

 制作者は非常に制約が多かったろう。何より商業的成功を収めなければならない。子供の観客の集中力持続時間を考えれば、あまり長い上映時間は取れない。愛されキャラ・オラフの面白シーンは絶対必要だし、見せ場となるアクションシーンやミュージカルシーンも切るわけにいかない。残りの尺にストーリーとテーマを詰め込むことになる。ウザい説明セリフや説明シーンは極力排除されている。結果的に、本筋と関係ない事柄は大胆すぎるぐらいにバサバサ切り落とされている。私個人は御都合主義的なストーリー展開や設定に辟易したし、いろいろ突っ込みたい部分もあるが、テーマ以外のことは まあ割り切るべき作品ということで。

 説明セリフを極力挟まず映像で表現しきっているので、映像の美しさだけで子供も楽しめる一方、大人であれば、人生経験を活かしてキャラの表情や仕草から心情を読み取り、知識を活かして情景描写から情報を読み取っていく楽しみ方ができる。そのへんの細部描写は見事で、結晶の界面成長の様子やら、氷塊一つ一つに曲面収差した背景が映りこんでいる様子やら、つい見入ってしまう。


男女の恋愛に限らない an act of true love

 この作品は、姉エルサと妹アナのダブルヒロインの物語だ。主軸はあくまでも姉妹のすれ違いと愛情であり、男女の恋愛はサイドストーリー扱いになっている。しかも恋をするのは妹だけで、姉は恋愛に全く興味を示さない。この点が、ある種の人たちの反発を買ってしまったのだ。

 テーマとなるのが an act of true love だ。日本語吹き替え版では「真実の愛」と訳されていたが、英語オリジナル版では an act of が付く。つまり口先だけでなく行為で示すってこと。しかも途中のシーンで雪だるまのオラフが" Love is putting someone else's needs before yours.(愛とは自分より相手を優先すること)"とはっきり答えを言っている。映画だから an act of true love は当然劇的な行動として示されたが、本当はもっと さり気ない行動でいい。例えば、クリストフは相棒のトナカイ・スヴェンとの友情の証としてニンジンを分け合うのだが、必ず先にスヴェンに食べさせ、トナカイの臭いヨダレでベトベトになった残りを自分が食べる。これだって an act of true love だろう。別に男女の恋愛に限ったことではない。そして、スヴェンへの an act of true love と同時に、アナへの an act of true love があってもいい。実際クリストフはそうしている。

 
アナを救うことができるのはアナ本人だけ

 アナの心に刺さった魔法を解き、アナを死から救うことができるのは an act of true love だが、実はオラフ、クリストフ、エルサという3人ものキャラがアナに対して an act of true love を示している。それなのにアナの魔法は解けなかった。

 例えば、雪だるまのオラフ。クリストフが石に向かって話しかけていた時、オラフはとっさに"I'll distract them while you run.(僕が気を引いてるスキにアナは逃げて)"とアナをかばう。その後、アナが凍えかけていた時にも、オラフは暖炉に火をくべ溶けかかるが、
"Some people are worth melting for."
とまで言う。このセリフ、日本語吹替え版では「アナのためなら溶けてもいいよ」になっているが、英語オリジナル版では some people であり、我が身を犠牲にしてでも助けたい相手がオラフには複数いることになる。要は、男女の恋愛だって「真実の愛」には違いないが、他にも様々な「真実の愛」(友情とか家族愛とか)が存在することを仄めかす内容になっている。
 もともとオラフは、エルサが幼いころアナと遊んだ思い出を元に魔法の力で作り上げた雪だるまだ。オラフがここまでアナに優しくするのは、エルサのアナに対する愛情が反映されているのだろう、ということぐらいは容易に見当がつく。

 クリストフもそう。アナに惹かれながらもアナのためを思い、自分の感情を殺してハンスにアナを託しただけでも an act of true love として十分 合格点だが、彼の場合はそれ以上だ。何度となく危機的状況に陥っても、クリストフは常に誠実だったから。
 クリストフは財産をごっそり失い、生活基盤を完全に破壊されている(後述)。かろうじて持ち出したザイルとピッケルも、雪の怪物マシュマロウに追われて崖から転落した際に失くしている。それもこれも、クリストフの制止を聞かずにアナが軽率な行動を取ったのが原因であり、アナ本人はソリも荷物も弁償するとは言っているが、確実に弁償してもらえる保障もない。アナは城に戻れば王族としての裕福な生活が待っているが、クリストフは自然の中で一人で生きていかなければならない。制作者側が果たして、かつては重税をかけられむしられていたサーミ人(クリストフはサーミ人をモデルにしている。後述)の命運を意図的に反映させているのかどうかは判断がつかないが。
 最初にソリに乗って出発したシーンと、終盤で城門から立ち去ったシーンを比較すれば、文無し感がハンパない。クリストフにしてみれば身ぐるみ剥がされたに等しいが、彼は自分のことよりアナを心配している。クリストフに残された財産は衣服ぐらいしか無いのに、凍えそうなアナのために自分の帽子を被せてやる。
 これだけやってもアナの魔法は解けなかったのだから、クリストフには最初からアナの魔法を解く力は無かったのだ。


 エルサもまたアナの魔法を解く力は無い。エルサは終始一貫して自分のことよりアナのことを心配しているのだから。エルサがアナを遠ざけたのはアナを危険から守るためであり、自分の都合を優先したからではない。幼少時代のエルサが誤ってアナに当てた魔法も、元はといえばアナを転落から守るために放ったもので、エルサはずっと自責の念に囚われ続けている。エルサが魔法を封じ込めるために自己犠牲を強いられてきたことも、しつこいくらい描写されている。だからこそ、Let it go のシーンで魔法を思う存分解放して雪の女王に変身したエルサはあんなにも晴ればれしているのだ。

 アナはエルサを連れ戻しに氷の宮殿に向かうが、アナ本人は王国の冬を終わらせる具体案を何一つ持たず、エルサに頼めば全て叶えてくれる気でいたことをクリストフに呆れられるシーンがある。エルサと再会した時も、一緒に戻ろう、うまくやれるから、と口先では言うが、問題解決は全部姉に丸投げする気満々なのが見え見えだ。エルサに帰還を拒絶されまくってようやく、「冬を終わらせてほしい」と本題をおずおず言い出す始末。じゃあ今までエルサのためを思って連れ戻しに来たかのように言っていたのは全部お為ごかしだったのか、ってこと。
 冬を終わらせる方法は結局エルサ自身わからず、人から遠ざかるぐらいしか思いつかない。あの時点でアナにできる最善の策は、冬を終わらせてほしいとだけ告げ、あとはエルサに余計な負担をかけないことだろう。エルサもアナに頼ろうとする素振りを微塵も見せないから、アナは当てにならないことを知っている。誰一人頼れない状態で、エルサは一国の責務をがっつり負わされたわけだ。
 だがアナは、帰れという再三にわたる警告を無視し、王国をなんとかしてほしい、昔みたいに仲良くしてほしい、という動機で居座り続け、エルサならできる、一緒にやろう、と実の無いことを言い続けてエルサを追い詰め、結局魔法をくらってしまう。その事に対しアナは「エルサに裏切られた」と思っているらしい。あとのシーンでハンスに"You said she had never hurt you.(エルサは決して私を傷つけない、と言ってたのに)” と言われ、アナは"I was wrong.(私が間違っていた)"と答えている。アナに悪気は無いのは分かるが、いつも自分本位で、庇護対象から抜けきれていない。

 そう、 an act of true love を示してアナを救うことができるのは、アナ本人だけだ。
 早い話が、オラフとの暖炉のシーンでアナが
「オラフのためなら凍えていい」
と言って自ら暖炉の火を消せば、それでアナの魔法は解けたのだ。それじゃ映画にならん、ってだけのことで。

 余談になるが、一度は投獄されたエルサが脱走し、吹雪の中で何かを懸命に探しているかのような動作をしているシーンがある。あそこでエルサが「アナ! アナ!」とでも叫んでいれば、観客にもエルサが何をしているか一発で分かるし、直前にハンスから「アナが戻ってきていない」と聞かされているのだから、アナのことが心配でたまらないのだろう、と容易に推測できる。そこを敢えて仕草だけでエルサの愛情の深さを表現するあたり、演出が心憎い。


スリードしながらエンディングへ

 最後のドンデン返しに繋げるために、制作者側が観客を意図的にミスリードしているのは明らかだ。
 アナの魔法を解くan act of true love を「恋愛関係にある男性からのキス」であるかのように観客に思わせるのだが、既にこの時点でアナの本命はハンスではなくクリストフであることははっきりしている。ハンスだっていい奴なのだが(あの時点では)、アナとは通常の社交の範囲を超えていない。ハンス同様クリストフもまたアナと出会って数日かそこらだが、一緒に過ごした時間の濃密さが全く違う。そうして観客に気をもたせておいたところで、ハンスが豹変する。
 話は脱線するが、『シンデレラ』や『白雪姫』などに出てくる古典的王子様は、単にそのように生まれついただけの身分以外に何の取り得もない。己の努力や才能により獲得した美点が何一つないダメ男だ。その点ハンス王子は、努力の方向性を間違えたとはいえ、一族内で冷遇されている状況から脱出すべく努力している。身なりや立ち居振る舞いに気を配り、同調テクニックを駆使しながら完璧な演技力で相手の心を鷲掴みするスキルを習得するには、相当の研鑽が必要だったろう。身分の上に胡坐をかいているだけのバカ王子とは訳が違う。
 アナもアナで、最初はハンスに助けてもらおうとし、ハンスに裏切られれば今度はクリストフに助けてもらおうとする。とにかく他力本願であり、エルサに頼んで解決してもらおうとした時から少しも変わっていない。アナはクリストフにキスされれば自分の命は助かると信じているし、観客もまたそう思わされている。先述の通り、実はクリストフはアナを救うことはできず、アナ本人しかアナを救えないのだが、観客には気付きにくくなっているし、私も最初は見事に引っ掛かった。
 アナが最後に、クリストフではなく、ハンスに殺されかかったエルサの方に駆け寄ったのは、別に「クリストフか、エルサか」の選択でエルサを選んだわけではない。「自分が助かるか、エルサを助けるか」の選択でエルサを助ける方を選んだのだ。あのシーンでアナがエルサを見殺しにしていたら、さすがにアナの身勝手さにも程があるだろう。ずっと自分本位だったアナがようやく an act of true love を示したのだ。

 アナが凍りついた時、エルサは真っ先にアナの頬に触れた。何かに触れてしまうことをあれほど恐れていたエルサがだ。両親が在命中、エルサは両親に触れることができなかった。エルサが己の魔法の力に恐怖心を持っていることも何度も描写されている。だがエルサはようやく恐怖を完全に忘れてアナを抱きしめ号泣する。エルサが恐怖を克服できるかどうかが鍵であることは、序盤におけるトロールの長の予言で明言されている。アナの献身的行為がエルサの恐怖心克服のきっかけとなったのは確かだが、エルサもまた自力で恐怖を克服したのだ。
 なんだ、きれいにまとまってるじゃないか。


人格化されたマイノリティ―エルサとクリストフ

 この映画の制作者は、ある程度マイノリティを意識しているように思われる。まあ飽くまでも娯楽映画だから、差別問題を取り上げるわけではなく、マイノリティ側を魅力的に描く、というマイルド路線を採用している。だからこそヒットした一方で、そこがこの作品の甘さにもなっている。まるでマイノリティ側がマジョリティ側に歩み寄るかのようなエンディングが私はどうも苦手で、エルサはあんなチャチなスケートリンク作るより、責務だけ果たした後はあの壮大な氷の宮殿で羽を伸ばしている方がいいんじゃないかと思うが、それだと落とし所にならないのだろう。

 この物語には人格化されたマイノリティが二人登場する。一人目はエルサで、彼女は王位継承者であり、魔女であることを隠し通しさえすれば申し分のない人生を送れるが、バレた途端に迫害されるマイノリティに転落する。隠していれば問題なく社会に受け入れられる、という点では同性愛に似ている。事実、アメリカでは反同性愛の宗教保守がこの映画に猛反発したらしい。

 もう一人のマイノリティが、実在する被差別少数民族をモデルにしたクリストフで、こちらは出自そのものが差別の対象となる。魔女であることを隠していた頃は優等生を装っていたが、バレたら開き直ったエルサと違い、クリストフは最初から開き直っている。他人には無愛想に接するが、信頼関係を築いた相手(スヴェンやトロールたち)には徹底的に誠実で優しい。
 エルサが人前で魔法を露呈したとき、居合わせた人々は一様に恐怖の感情を示した。物語中で俗物の権化として描かれるウェーゼルトン公爵は、直ちにエルサを怪物呼ばわりし、排斥を訴えた。一方クリストフは、エルサの生み出した冬の情景の美しさに見とれ、氷の宮殿に率直な賛辞を惜しまない。エルサの魔法をすんなり受け入れたキャラは、クリストフと幼少時代のアナだけである。
 エルサの生み出した怪物マシュマロウにつまみ出された際も、あれは単に自分たちを追い払いたいだけで、余計な手出しをしなければ危害は加えてこないことを理解しているかのようにクリストフは振る舞っている。実際マシュマロウも、かなり手加減しているように見える。結局アナが余計なことをしたせいでマシュマロウを怒らせてしまうが。
 別のシーンでは、ハンスがマシュマロウに切りかかり、宮殿に侵入してエルサを拘束する。エルサの領域を侵害しないクリストフと、侵害するハンスとの対比が描かれる。


クリストフは被差別少数民族

 クリストフの設定はサーミ人だといわれる。服装もそうだし、トナカイを使って移動生活を送ったり、山で危険な作業に従事したりする点などは明らかに山岳サーミ人を想定している。サーミ人コーカソイドにしては珍しく蒙古襞を有している人が多いが、クリストフもアジア人風の一重瞼の目をしている。もっともクリストフは非常に大柄だが、実際のサーミ人は小柄な人が多い。
 クリストフの描写については本物のサーミ人たちも賛否両論で、サーミ人を魅力的に描いていることを高く評価する人もいる一方で、サーミ文化を正確に描いていないと憤る人もいる。創作物において実在する少数民族を取り扱う場合、やはり細心の注意を払った方がいい。


クリストフは被差別者としてどういう扱いを受けてきたか?

 サーミ人は歴史的に、マジョリティであるキリスト教徒にアニミズム的信仰を弾圧されたり、重税を課せられたり、自己決定権を奪われたりしてきた。アナ雪は娯楽映画なので、現実の生々しい問題は避けて通る。ただし、被差別者としての扱いを仄めかす描写はある。クリストフがスヴェン相手に歌うシーンで、" People will beat you and curse you and cheat you(人間は殴るし罵倒するし騙す)"と言っている。そういう人生だったのだろう。

 冒頭の、凍結した山上湖での採氷シーンは示唆的だ。まだ幼いクリストフが大人の男たちに混じって作業しているが、大人並みの力仕事などできるはずもなくヨロヨロしているのに、周囲の大人たちは誰一人手助けせず、完全に無視している。作業が終われば自分たちだけさっさとソリに乗り、幼い少年を夜の山に平気で置き去りにする。幼クリストフは何時間もかけてやっと氷を持ち上げ、置いてけぼりをくらいながらも町まで氷を運んでいるのだから、氷売りに憧れて真似事をしているわけではなく、本当にそれで生計を立てているのだ。間違いなく孤児だろう。幼クリストフも慣れっこなのか、自分が劣悪な環境に置かれている自覚も無いようで、むしろ相棒のスヴェンと一緒に居られさえすれば十分 幸せそうに見える。幼クリストフはこの後、石の精霊トロールに気に入られ、家族の一員として迎えられることになる。そこから大人になるまでの描写は無い。確実に言えるのは、極北の自然環境の中で一人で生きていけるようになるには、非常に多くの知識と技能を習得しなければならない、ということだ。


クリストフは何を失ったのか?

 戴冠式の朝、城前広場のシーンで大人になったクリストフが登場する。無雪エリア用の車輪を取り付けたソリに、鳶口状の採氷道具一式と毛布が積載されているのが確認できる。あとのシーンで、リュート(弦楽器)、ランタンも確認。他にはおそらくサーミ式の円錐テントや生活道具一式が積み込んであったのではないだろうか。あと、サーミ人設定なら当然、スキーも積んであるだろう。靴の先端の反り返り部分にスキー板を引っ掛け、雪面を効率的に徒歩移動するのに必要だから(余談になるが、靴を足にしっかり固定する紐が描かれていないことに対して、本物のサーミ人がツッコミを入れている)。作中のセリフから、ソリは買ったばかりの新品だと判明する。

 これらを全て失えば、直ちに生存が脅かされる。生活基盤を完全に破壊されるってことはそういうこと。寝泊りする際に、ピッケル一本すら無い状態で、どうやって雪洞掘りやらイグルー作成やらができると? それこそ熊みたいに大木の根元にでも体を押し付け圧雪して窪みを作るしかないだろう。毛布もランタンも無いから、暖をとりたければトナカイのスヴェンに抱きつくぐらいしかない。あと、帽子が有るのと無いのとでは、防寒効果がかなり違う。そういう状況でも生きていけるだけのサバイバル能力をクリストフは有しているだろうが、非常に厳しい状況に追い込まれたことに変わりはない。

 

トナカイ・スヴェンとの関係

 クリストフは時々、スヴェンの言葉を勝手にアテレコして喋ることがある。クリストフのアテレコとスヴェンの表情や動作が完全に一致していることから、別にクリストフは自分の妄想や願望をスヴェンを通して語っているわけではなく(それならクリストフが喋っている間、スヴェンはそ知らぬ振りをする演出にしないとおかしい)、正確にスヴェンの言葉を通訳している設定だと分かる。

 クリストフはスヴェンが少しでも侮辱されることに対して、過剰なまでに敏感に反応する。アナが勝手にスヴェンに命令した時には抗議している。また、自分がオラフに"the funky lookin' donkey"呼ばわりされた時は怒りもしなかったのに、オラフがスヴェンに対して"my cute little reindeer"と見方次第ではスヴェンを小馬鹿にしているかのようにも受け取れるセリフを言った時には、怒ってオラフをスヴェンから引き離している。その後、オラフがスヴェンの背中に寝そべり普通に話しかけている時は、別にオラフを咎めたりしない。

 

クリストフを描写する際の演出

 オーケンの店でクリストフが初めてアナに会った時、アナは戴冠式のドレス姿のままだったから、アナを一目見るなり貴族王族クラスの人間だと認識できたはずである。だがハンスのように礼儀正しく挨拶するでもなく、邪魔だからどけと言わんばかりの態度に出る。映像上でも、クリストフが威圧的に見えるよう演出してある。ところが直後のスヴェンとの歌のシーンでは、一転してクリストフは優しそうなイケメンとして描かれる。クリストフは本来こういう人間なのだと観客に印象付ける演出上のテクニックである。
 狼に追われるシーンの時点では、クリストフはアナのことを良く思っていなかった。アナに面と向かって「信用できない」と言っているし、先述の通り勝手にスヴェンに命令したことに抗議もしている。それでもとっさにアナをスヴェンの背に乗せ、自分よりも優先的に助けたのは、もう根っからそういう人間なのだというしかない。


ラストにおけるクリストフの立ち位置

 作中で描写されているクリストフの人物像をまとめてみよう。

・幼少時代から自活している。
・商売のため町に出てくるし、時折トロールたちの相互扶助コミュニティの世話になることもあるが、基本的には極北の自然環境の中で一人で生きている。自分の世話は全部自分でするタイプ。

 これって正に、ラストのあの役回りを安心して任せられる稀有な男性キャラではないだろうか。
 綺麗な言い回しで表現するならこうだ。クリストフが他の誰にも左右されない自分の世界を持っていることは、作中で十分に示されている。それはスヴェンやトロールたちとの生活であり、彼が愛してやまない氷雪の山である。それはアナのあずかり知らぬ世界であり、彼が自分の世界を生きている間アナにできることは、せいぜい遠くから見守るくらいだろう。それでクリストフのアナに対する愛情が1ミリたりとも減るわけではない。
 全く同様に、アナもまたクリストフにはあずかり知らぬ自分の世界を持っていて、そこにクリストフは立ち入ることはできないし、立ち入るべきでもない。だからこそ、ラストでクリストフは姉妹の間に割り込まず、少し離れて見守っているのだ。自分が袖にされたわけではないことをちゃんと理解しているかのように振る舞っている。そこまで含めて、彼の度量の大きさとして表現しているのだろう。
 もうちょっと下世話な言い回しをするならこうだ。この映画では、女が自分の世界を持っていることを理解し尊重できる男が肯定的に描かれている。なのに正にその部分に噛み付き、女は常に男を求めていなきゃヤダとばかりにふてくされて駄々をこねてどうする。

 最後にアナがクリストフにソリを弁償したのも、借りがあったのを利息付きで返す、という当然のことをしたまでだろう。クリストフは王室の囲い者になるような玉ではないし、今までのワイルドな生活を捨てるつもりなど毛頭ないだろうから。王室御用達となったことで、以前よりは生活も安定するだろうが。
 エルサがいれば氷屋は必要ない、というツッコミは私も思いついたが、よく考えれば、たった一人の特殊能力者に依存した状態で組織や社会経済を回すのは最悪だ。特殊能力者が死んだり能力が衰えたりした途端、ガタガタになってしまうから。

 

その他・小ネタ

 エルサのマイノリティ性が「魔法」という徹頭徹尾ファンタジー補正のきいた設定だったのに対し、クリストフのマイノリティ性が実在の少数民族という設定である点が、現実的すぎてなんともバランスが悪い。また、姉妹の葛藤を中心に描く都合上、姉妹はそれぞれ不完全さを抱えて苦悩しているのに、クリストフの方は人格が完成されすぎの印象を与えてしまい、これまたバランスが悪い。そこんとこをうまく中和するシーンも用意されていて、アナはクリストフの世話になりっぱなしではなく、何度かクリストフを助けている。トロールたちがクリストフのことをボロクソに言いながらいじり倒すシーンもあるし、クリストフの体臭も何度もネタにされている。本来なら、人の体臭をネタにして笑いものにするのは言語道断だし、ましてや相手が被差別少数民族ならなおさらだが、まあそれぐらい落としておかないとバランスが取れないほどハイスペックだってことだろう。ガタイはいいのに気は小さい、という性格設定との合わせ技で、絶妙な位置にクリストフを落とし込んでいる。

 あ、せっかくの小道具であるピッケルを、滑落止めにも登攀用にも使わなかった点はやや不満。尺の都合上カットされたシーンにはあるのだろうか。

 

 

2015.5.13追記

 アナ雪における民族差別を指摘する海外サイトの見解を踏まえた上で、再度の考察を書いてみた。併せてお読みいただけたら幸いです。

http://semimaruclimb.hatenablog.com/entry/2015/05/13/221216